ブログ Written by Takeru NAGAOKA |「MELC」 の記事

昨年5月より、脱・予定調和的な学びに関する実験の場として、「カフェゼミ」を行っています。無味乾燥な教室を出て、洒落たカフェに行くと、それだけで対話がはずみます。 でも、これがカフェゼミのねらいではありません。ゼミの場を教室からカフェに移すことは、「アタリマエ」に疑いのまなざしを向け、自分自身を異化していこうとする意志をシンボリックに示しています。 「カフェゼミ」という実験。今回は長岡研究室の学生が企画&運営を担当します。そして、テーマは「食とコミュニケーション」。学生たちはこんな文章を書きました。 さて、どうなるか・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 食べ物は私たちの生命活動を...
ステレオタイプ化されたビジネス系ドキュメンタリーの中で、「プロジェクト」という活動は常に「困難克服の物語」として描かれます。ここからは、困難克服を目指した試行錯誤が「問題解決能力」の醸成に結びつくという発想が生まれてきます。つまり、「プロジェクト=一皮むけるための修羅場」という視点です。  しかし、このような見方は、プロジェクトという活動の一側面でしかありません。「困難克服の物語」というステレオタイプを脱し、もっと自由で創造的な活動として「プロジェクト」を理解するなら、「修羅場経験を通じた学習」とは異なる姿が見えてくるはずです。  7月4日のカフェゼミでは、慶應義塾大学・加...
昨年5月に始めた「カフェゼミ」、本来のねらいは、脱・予定調和的な学習に関する実験の場を街の中に出現させることです。でも、そんな説明をいきなりしても困惑を生むばかり。そこで、「要するに、カフェでゼミをやってるんです」と言ってみると、何となく中身が分かったような気になります。私たちにとって「ゼミ」はアタリマエの存在であり、「そもそも、ゼミとは何か」が問い掛けられることはほどんとありません。ただし、ゼミについて思い描くイメージは十人十色です。「ゼミが大学生活の全て」のような強い思い入れをもつ人もいるでしょう。一方で、「ゼミは他の科目と同様、授業の1コマにすぎない」と位置づけられることもあるはずです。...
カジュアル & スタイリッシュな Couturière/Couturier が自分の服をデザインするように・・・・・・・     長岡研究室の活動スタイルを一言で言えば上のようになります。工場での大量生産を拒絶し、一人ひとりに合った服を職人が手作業で仕立てていくように、一人ひとりの他者と向き合った活動を何よりも大切にしたいと考えています。   ただし、「職人」という言葉にこだわりはありません。むしろ、自分の専門領域に縛られることなく、従来的な「境界」を軽やかに乗り越え、イノベーティブな活動を進める非専門主義的なスタイルにとても惹かれ...
昨年5月、私たちはSAN BAN CHO CAFE に集い、「なぜ、大学ではなく、カフェでゼミをやるのか?」ということを考え始めました。「カフェセミ」の始まりです。その答えはまだ見つかっていませんが、少しずつ、「カフェゼミ」の面白さに気づいてきました。 カフェセミの面白さとは、カフェという「インフォーマル & パブリック空間」の面白さであり、オープンゼミという「人々のゆるやかな繋がり」の面白さでもあります。また、「ソーシャル & イノベーティブ」という非・経営学的なテーマを経営学部生がマジに語り合うという、「脱・専門主義」の面白さかもしれません。しっかりと言語化することは出来ませんが、この「脱...
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