ブログ Written by Takeru NAGAOKA

The 6th Night @DK

(こちらの記事は、2010年産業能率大学 総合研究所で行われた「イブニング・ダイアローグ@代官山」について執筆したコラムを、再編集し掲載したものです)??

 9月3日に開催した「イブニング・ダイアローグ@代官山」のThe 6th Night、私たちはそのテーマを「越境する人材育成マネジャーの集い」としました。すでにお気づきの方も多いと思いますが、このテーマは「越境学習」という考え方に着目したものです。
 人材育成に関わる現場では、組織の枠組みから「越境」することで得られる(仕事)経験を通じて学ぶことが「越境学習」であると理解されているようです。おそらく、そのような理解も「越境学習」の一側面を照らしたものでしょう。しかし、「越境」の意味をめぐっては、学習研究者の間で多様な解釈が存在することも事実です。もちろん、研究者の意見が正しいとは限りませんが、あくまでも「越境」とはメタファーであり、その意味を「職場(組織)外での仕事経験」のみに限定して理解することは、「越境」という概念の可能性を狭めてしまうことになりかねません。大切なのは、「越境」という新たな概念の曖昧さを受け入れた上で、「越境学習」に関する狭い範囲での理解を前提とした安易なツール化・メソッド化を拒絶し、その概念から導きだされる新たな可能性をじっくりと吟味することだと、私は考えています。

 さて、The 6th Night @DKの開催を前にしたこの夏、「越境」というテーマをめぐって私が考えていたのは「自分自身の越境活動(学習)」についてです。

「社会学者でありながら、研究テーマは人材育成」

 これは「越境活動」なのでしょうか。おそらく一般的には、「越境」という概念の一側面を示している場合もあると言えるでしょう。しかし、現在の私個人にとって、人材育成というテーマでの研究活動は「越境」とは少し違うもののような気がしています。
 他の"住民"の方々が正統性を認めてくれるのかどうか、非常に怪しいかぎりではありますが、私は「人材育成」という領域に20年近く"住み着いて"います。そして今では、時に違和感をおぼえることもありますが、そこで見る風景や、耳にする会話の多くは、何気なく受け入れられるものとなっています。完全にとけ込んだ訳ではないけれど、日常の活動では特に困難を感じることもないという意味で、「10年以上の海外生活を続けている日本人」と似たような状況に、今の私はいるのかもしれません。
 覚悟を決めて「境界線」を乗り越えても、10年も過ぎてしまうと、当初のような高揚感が溢れてくることはなくなるものです。でも、私自身はこのことをあまりネガティブにとらえていません。高揚感の消滅と引き換えに、「振る舞いの背後にある意味」や「目に見えない関係性」に気づくことができるようになるのですから。これがある意味で「経験から学ぶ」ということなのだと思います。
 その一方、高揚感の減少と並行して、異質な状況に馴染んでいないことから生じる違和感、戸惑い、そして、疎外感といったものも徐々に薄れていきます。通常、こういった感覚がなくなることはポジティブにとらえられています。もちろん、私にとっても、違和感や戸惑いがなくなることは、メンタルな意味では嬉しいことです。しかし、アンラーニング(学習棄却)という視点から考えると、ここにネガティブな側面があるように、私には思われます。
 他者との関わりの中で、何らかの違和感、戸惑い、疎外感をおぼえたとき、私たちは自分自身と他者の違いに気づきます。そして、自分がアタリマエだと思っていたことが、実はそうではない可能性に気づくとき、「異質性」が誰に帰属するかについて2つの態度が考えられます。「あいつはヘンだ」と考えるか、「アタリマエだと思っていた自分がヘンだ」と考えるか。この態度の違いがアンラーニングできるかどうかを決める大きな要因となっているはずです。そして、おそらく多くの方々は、異質なものに出会ったとき、それを他者に帰属するものと見なすのではなく、自己に帰属する可能性を自分自身に問いかける「リフレクシブ(reflexive;再帰的)」な思考の重要性に気づかれることでしょう。このように考えると、他者との関わりの中で生じる違和感、戸惑い、疎外感は、アンラーニングを実現するきっかけとなるポジティブな側面があるとも言えます。
 ただし、違和感、戸惑い、疎外感をおぼえたとしても、その要因を他者に帰属するものと理解し、「あいつはヘンだ」と考えるなら、アンラーニングは起こらないことになります。特に、同じ環境に10年もいて、異質な状況に馴染んでいないことから生じる違和感、戸惑い、疎外感から遠ざかることが多くなると、「アタリマエだと思っていた自分がヘンだ」と考えることができなくなっていくのは、確かであるような気がします。そして、「10年以上の海外生活を続けている日本人」と似たような状況と自らを語る現在の私は、もしかしたら、そのような状況におかれているのかもしれないと思うようになしました。
 では、異質性に出会ったとき、「あいつはヘンだ」と考えるのではなく、「アタリマエだと思っていた自分がヘンだ」と考えるにはどうすればいいのでしょうか。これはとても難しい問題です。私自身も自らの状況への対応方法すら見いだせていません。「自分の中だけでアタリマエなこと」を具体的に列挙できるなら、こんなに好都合なことはないのですが、それは不可能です。そもそも、「自分のおかしいところ」に気づいているなら、それはすでにアタリマエではなくなっているのですから...。

 私の中で「何がアタリマエなのか」が見えなくなっている可能性に気づく一方、それが具体的に「何か」は不明のまま。そんな状態で迎えたThe 6th Night @DKの中で、この問題について考えるための微かなヒントが見えてきたような気がします。

 9月3日の「イブニング・ダイアローグ@代官山」、対中国ビジネスの未来像をめぐる、日産自動車株式会社・志賀俊之氏、日本大学・平田光子教授、産業能率大学・平田譲二教授の講演と鼎談を聴いて、私の率直な感想は「知らない話を聴くのはとても面白い」ということでした。そして、参加者の方々を前にして、「今日は、マクロ経済やグローバル・ビジネスに関する新たな知識を得られた。知識伝授型も時には悪くない」という主旨のコメントをしたとき、ある種の"違和感"が私の中に生じてきました。それは、そのようなコメントをした私自身に対する違和感です。
 これまで、様々な機会で「導管型の知識伝達」の問題点を指摘し、新たな学びのスタイルを模索すべきと主張してきました。その私が「知識伝授型も時には悪くない」とコメントするのは明らかに"異質"なことです。このときの発言については自分の中でもうまく整理できていませんが、はっきりと自覚できたことがひとつあります。それは、「脱・知識伝授という方向性をアタリマエとしてきた自分」に気づいたということです。
 ワークプレイスラーニングという言葉さえも広く認知されている今日、「人材育成=知識伝授」をアタリマエとする考え方が薄れつつあることは事実でしょう。しかし、「脱・知識伝授」という方向性を全ての人材育成関係者が受け入れている訳ではありません。にもかかわらず、私の中で「脱・知識伝授」という方向性がアタリマエになっているなら、それは、私がある種の固定化した関係性の中に留まっているということを意味するのかもしれません。それとも、自分でも知らず知らずのうちに、違和感、戸惑い、疎外感を避けるような関係性の中に逃げ込んでいったのだと解釈すべきでしょうか。
 確かなことはまだ分かりませんし、「導管型の知識伝達」に対するスタンスを変えるつもりも全くありません。でもどうやら、リフレクシブな思考を突き詰めていかなければならないのは、私自身のようです。

 秋とはいえ、まだ暑い日が続きそうです。私も「自分自身の越境活動」をめぐる夏の続きとして、もう少し考えてみることにします。The 6th Night @DKで感じた戸惑いをヒントにしつつ。

2010年9月15日
長岡 健

T. Nagaoka

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