MELC(長岡ゼミ)のブログ

Social Reading Fesから見えてきた読書と読書会のちがい

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9月13日土曜日、産業能率大学の橋本先生のゼミ生が企画した読書会、”SocialReadingFes”が自由が丘キャンパスにて行われた。参加者は、事前に知らさたお題の本である『未来のイノベーターはどう育つのか』を読んで来ている。自分のゼミの読書会しか知らなかったため、進め方に違いがあることにわくわくした。この進め方の違いに注目して読書会について書くこととする。 

▼今回のお題の本。教育者の目線の話が多かった。
教育者ではないわたしの立場で読むとくすぐったい気持ちになった。

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2つの読書会を知ることができたので、違いや共通点を感じたこと混ぜて橋本研と長岡研の読書会の進め方を簡単にまとめた。

橋本研の読書会

お題の本を読んでくる。きっとみんな読んでくる。企画者(今回は橋本ゼミのゼミ生)が例としてお題を予め用意しておき、そこにさらに参加者の考えたお題を加え、お題を班の数だけ決定する。今回は5つの班に分かれたため5つ決めた。ひとつのお題で対話したあとは、班のうち1人がその場に残り、4人は他のテーブルへ移動するワールドカフェ形式で進める。

長岡研の読書会

お題の本を読んでくる。どの章について対話するか先生が決め、選ばれた章で大事だと思うところ、言葉、共感したことなどをひとりひとつ抜き出して画用紙に書く。班の中で発表者をがちゃトーク形式で決め、お題の章について対話をする。

長岡研の読書会は、ひとつのお題について個人で考えて、それを共有することで、自分と異なる意見や考え方に触れたり、解釈の仕方の差を話したり、本の中の話で終わりではなく実際にやってみるにはどうしたらいいか、など話が広がることもある。橋本研の読書会は、参加者みんなで複数のお題について考えて、自分と異なる意見や考え方に触れたり、解釈の仕方の差を話したりしたあとで、個人で考え直すものに思った。

参加した感覚を言葉にして比較すれば、個人で集中して考えてから大人数で対話をするものと、大人数で対話してから個人で書斎にこもって振り返るものと言えるのではないかと思う。

10695216_561534130659446_676935625_n.jpg▲どちらの方法も自由な雰囲気で対話をする。

写真はSocial Reading Fesのあるテーブルで話しているときの様子。
どんどん思ったことが言える環境だった。

 

どちらにも共通して言えることは、「あともう少し話したかったな」という気持ちになることだ。時間の都合で十分に話しきることができないことが多く、他の人の考えをもっと聞きたい、自分の話をあとひとつ聞いてほしいなど思うことがある。もやもやした気持ちを持っていることは考える余地があるということだと思う。

読書は、本を読んで知識を得ることや知的好奇心を満たすことが目的だと思うが、読書会は、本を読んで思ったことを口にしてみたり手を動かして作業しながら考えてみたり、“頭”を使う本との接し方なのではないか。読書会は、本を読みっぱなしにしない良い方法だと思う。

 

昨年はゼミで行ってきた読書会の良さがわからなかったためおもしろいと思わなかったが、今年は読書会を行う意味と、読書と読書会の違いを体感してわかったのでたのしく取り組めると思う。ただ読むのではなく、頭で考えながら読んで読書会に備えよう。

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